別冊キラン|刑務所の子どもを救え 田島伸二

















閉じ込められた刑務所のなかで最も重要なものとは

最初の調査をもとにして、まず私はこの刑務所での最初の仕事は狭い劣悪な監獄に収容されている子どもたちに、クリケットやバドミントンなどスポーツ用具を贈呈することであった。

彼らが収監されている牢獄は、実に狭い。一人が畳以上にも満たないものだ。

青白い顔をしている子どもたちに「みんな、なにをやりたい?」と問いかけるとそれは「戸外でスポーツをやりたい」という答えであった。

そう。成長盛りのかれらを太陽の下でスポーツさせることが、かれらの健康を確保する道につながるのだ。太陽の光を彼らは欲しいのだ。

刑務所長はこの申し出を承諾した。

性急に人権問題として取り上げると、関係者はすぐに実態を遮断するために少しずつ彼らの考えを変えていくことにして、それから刑務所を訪れるたびに辛抱強く対話を重ねるようにした。

幸い最初のスポーツ用具が大変喜ばれたので、子どもたちに「ほかには何がしたい?」と尋ねてみたらかれらは将来に備えたいので、「なにか技術を身につけたい」という。

そのため私は、子どもたちの将来の自立のための「新聞紙を再生する紙漉きのワークショップ」を開いた。

新聞紙やダンボールをミキサーで粉砕して、色とりどりの紙で漉きあがっていくのを見て、子どもたちは狂喜した。一日中彼らの歓声が刑務所内に響いていた。かれらは物をつくるということに興奮した

こうした具体的な行動の中から、刑務所側や子どもたちとの信頼関係が次第に醸成されてきたとき、「もうあと少しで私はパキスタンを離れるが、最後になにをしたい?」と彼らに尋ねると、異口同音に「本が読みたい! もっと知識や情報を学びたい」とまるで知や情報の飢餓人のように要請してきたのであった。

私はそれを聞いてうなった。閉じ込められた刑務所のなかで最も重要なものとはなにか? それは自由に想像したり思考したりすることを自由に助けてくれる書物の存在だったのだ。

それはそうだろう。自由な想像力は本によって創られる。

刑務所内には本はあったが、しかしそれはイスラム教の聖典であるコーランだけであった。子どもたちは算数も理科も歴史も学びたい。そして物語や美しく楽しいイラストのある絵本や新聞を手にしたいと訴えてきたのであった。

私はこの訴えを聞いてすぐに、刑務所長と話をした。そして新しく刑務所の中に「子ども図書館」を設置する活動を開始した。

また、識字教室の設置も始めた。これは南アジアでは初めての子ども図書館の設置で図書館が出来上がるまで実にいろいろの障害があったが、常に粘り強い説得を続けながら刑務所の関係者や新聞を通じて世論を変えていったのが成功の原因だった。

最初の調査から2年たった2000年の11月、パキスタンや日本のNGOの友人など約30名の個人的な協力を得てラーワルピンディ中央刑務所に収容されている子どもたち(十歳~十八歳)を対象とした子ども図書館が完成した。

建設会社の協力もあり建物の全経費は50万円。絵本や物語など1500冊以上が個人や出版社から届けられた。すべてボランティアの協力であった。男の子と女の子が本を読んでいる絵看板(ロゴ)も掲げられた。

この図書館はウルドー語で「太陽の光」を意味するキランという言葉をとって「キラン図書館」と命名された。太陽の光のようにすべての子どもたちに明るい光が等しく行き渡るようにという願いからである。

図書館の建物は六メートル四方だから大きいものではない。しかし建物をチェックしているとき、狭い牢獄から図書館の建物をじっと見つめている、牢獄からの大勢の子どもたちの熱い視線を背後に感じた。かれらは必死に助けを求めている。彼らは生きようとしている。そうだ、知識は本当に光になるのだと

かれらからも図書館の本の内容についてもアンケートを集めた。幸い子どもたちの三分の一は読み書きができたので、読めない子どもは読める子どもの読書を見て刺激を受けることになった。

また図書館を運営するボランティアによる識字クラスの開設も計画し、無罪の子どもたちを救うために弁護士を交えた救援会も組織された。

子どもの牢獄とは、パキスタン社会の深刻な矛盾がそのまま反映されている。貧しいが故に犯罪を犯したり、無知な故に投獄されたり、家族から見放されていく子どもたちに、文字や絵や写真や職業訓練を通じて励ましていこうとする試みは、小さくてもこの社会に小さなインパクトを与え始めていた。

こうして私は2000年暮れ、3年半に及んだJICAの専門家の仕事を終えてパキスタンを去った。