別冊キラン|アニメーションの力 田島伸二













非識字者の心に届く条件

アニメーションは、実に大きな力を持っている。見る・聞く・感じる全体の五感によって、楽しむ人の心を大きく動かす。

初めて私が「風の谷のナウシカ」のアニメ映画を見た時のあの感動は忘れられない。この作品は、環境問題の深刻さと人間の生き方について、感動的な物語で表現したもので、アニメーションの新しい可能性を切り開いたものであった。

昔、東映が製作したアニメに「白蛇伝」という名作があったが、日本の視覚文化の豊かな伝統と現代のアニメ技術、そして想像力のインテグレーションが実に繊細な表現を可能にしたのだ。

こうした背景の中で、かって私が20年以上働いていたACCU(ユネスコ・アジア文化センター)で、日本、マレーシア、中国、インドなどと共同で識字教育に関する新しいアニメーションの共同制作に携わったことがあったが、最近、読売新聞から取材を受け、そのときの記事が掲載された。

しかし重要な議論の詳細はこの新聞記事には、記されていない。そこで議論されたことは多様な文化表現と宗教、あるいは文字の読み書きのできない人々の苦しみや環境問題など、非常に深刻な課題が多数提起されたのである。

そうした課題を、マレーシアから参加した漫画家のラットたちや鈴木伸一さんらと夜を徹して議論し、製作したのであった。声優としてアグネスチャンが、無償のボランティアで参加してくれたのは嬉しかった。

「ミナの笑顔」の物語は、最初にラットに依頼した。しかし画稿とその物語を読んで驚いた。そこにはラットのマレーシアでの子ども時代の農村生活が描かれているだけで、識字の問題などは全く描かれていなかった。

「これではアジア地域では識字のアニメーションに使えない」と思ったので、私は、ラットが来日したとき、話し合って、これまで識字教育をアジア地域で長年やってきた経験から、物語は自分の手で書いてみようと考えた。

そこには、女性の自立と識字教育との関係性を描きだすために、主人公は女性として、そして物語に読み書き計算のハプニングを通して目覚めていく物語として、そこにはさまざまな人物を描くことにした。それをラットに示すと彼は「実におもしろい!」と言ってすぐに賛成してくれた。

そこで、この素案をインドへ行ったとき旧知のバーシャ・ダス氏に見せて物語を最終的に構成することにした。そして会議でも、ミナの亭主の支援や薬局での薬品を買うときの計算能力、マーケットで中間搾取をする男などをおもしろく加えることになったが、最も細心に気を配ったのは、非識字者に対する深い配慮が必要だったということだった。

アニメーションの意味は、ややもすればアジア地域では、娯楽的に受け止められている。ミナの笑顔では、バスの中で文字の読めないミナをみて笑うという場面が出てくるが、文字の読めない彼女を見てみんなで笑ってしまうことは、大変大きなショックを非識字者のミナに与えてしまうということである。

私はかってインドに滞在した経験や、アジア地域の識字教育の経験、そして大阪の識字運動の中で製作された映画などを借りて、文字の読み書きのできない人の心理について学んでいた。

映画の中で特に大きな感銘を受けたものに「雨の指もじ」 という映画があった。これは部落差別のため、学校で十分学ぶこともできず、文字を失った苦しみを通して、文字を学びながら、新しい生き方を発見していく姿を描いたもので実に感動的なものであった。

あらすじは、授業参観日、遅れて教室に入った児童の母が、「その日の授業は、教室が変更になり、みんな他の教室に移動した」という。その知らせが黒板に書かれているのだが、母には文字が読めないので、黒板に書かれた教室の変更が読めない。その時の母の苦しみが描写されている。

文字の読み書き、知識の欠如などの苦しみはだれにも目に見えない。それは人間の尊厳を破壊するそれを実感できないようでは、アニメーションつくりはとても難しいのだ。識字アニメの製作上でラットなどと多くのことを議論したが、特に思い出すのは、漫画家のラットと議論したことであった。

ラフスケッチの段階で、私は主人公のミナが、頭にイスラム教徒の女性がかぶるへジャブを着けているのを見つけた。そこで私は、ラットに言った。

「これはイスラムの女性には必要な服装ですが、このビデオは、イスラム教徒だけではなく、アジアやアフリカの非イスラム教徒でも誰にでも通用するのでなくてはならず、頭につけたへジャブはとっていただけませんか」

するとラットはこう言った。

「マレーシアでは女性がへジャブをかぶるのは当たり前です。かぶっていないとマレーシア社会から認められないのです」

マレーシアの人気漫画家、ラットは腕組みしながら表情を曇らせた。

読売新聞も書いているが、1992年、識字啓発アニメ『ミナの笑顔』の制作会議の一室を重苦しい空気が包んだ。へジャブとは、イスラム教徒の女性が頭にかぶるスカーフのことだ。

ラットは主人公の女性にこれをかぶせると譲らない。大まかに描いた絵コンテ約60枚には、すでにへジャブが書き連ねてあった。

「ラットさん。このビデオは、世界中の多くの国の非識字者にみていただくためのアニメですから、少しでも宗教色を出しては受け入れられません。とくに各国の農村地域などでは、非常に保守的な空気が支配していて少しの宗教色でも出したら、すぐに拒絶反応が出てしまいま」と共同製作の意味を丁寧に説明したのだった。

ラットは流石に柔軟だった。彼はすぐにそれを受け入れた。こうした議論の中を通じて、国境を超える共同制作物が作成されていったのだ。

アニメーションが成功するかどうかは、このように、共通の価値を作り出すことが必要なのである。そして、基本的なメッセージが、非識字者の心に十二分に届く表現になっているかどうかが重要である。本当に人間の心の寄り添った創造的なものでないと役には立たない。